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僕とゲーム2

前回、こんな記事を書いた・・・っていう出だしは何回目だろうか。 プログラミングでもそうなのだが、僕は今できることから次にやることを考えるタイプだと思う。 だが、それにこだわるあまり、全く新しいことに挑戦することが難しくなってしまう。 僕の悪い癖だ。

それはともかく、前回の続きを書く

mk2481.hatenablog.com

プレイヤーがゲームにどれだけ干渉できるかという要素が重要であることは前回主張したとおりだ。少し極端な例を挙げる。

ギャルゲーはゲームか?

いろいろな所から批判が来そうなタイトルであるが、今回のテーマには大事なことだ。

ギャルゲーというと、大体がADV*1 形式のゲームであることはご存知のとおりだ。 ADVとは小説のように物語を進めていくだが、あるところで選択肢が出現する。 その結果によって物語が分岐することがADVの醍醐味だ。

本題に戻るが、僕が何を言いたいかというと、ギャルゲーはプレイヤーがゲームに干渉しにくいからゲームとは言いがたいということ。じゃあプレイヤーがゲームに干渉するってどういうことなの。

僕が考えるゲームに干渉というのは、ゲームにプレイヤーの意思が反映されることだ。 具体的に言うと、物語に選択肢がどれだけ用意されているか。 マルチエンディングは特に意思が反映されると考えている。 今までプレイヤーが行った行動、選んだ選択肢によってエンディングが変わるというのはまさにプレイヤーの意思が反映されたと考えてもいいだろう。

ここで、プレイヤーの意思が反映される ≠ プレイヤーの想定通りに事が進む であることを明記しておく。 なぜなら、想定通りに事が進むのはゲームだけではないからだ。 映画、小説、演劇、ドラマなど、物語が進行するのはゲームだけではない。 これらのコンテンツの物語が想定通りに事が進むことは珍しくはないだろう。 しかし、意思が反映される = プレイヤーが決める事ができるのはゲームを除くとあまり存在しないはずだ。 僕がプレイヤーの意思が反映されると表現したのは、このことが理由であり、プレイヤーが干渉するといったのはプレイヤーの意思を中心にゲームが進行していくからだ。

基本的には、選択肢が多いギャルゲー(またはADV)は多くはない。 しかし、ときめきメモリアルに関しては例外だ。 ときめきメモリアルは、普段の行動、デート中の選択肢、パラメーター等によって途中の話及びエンディングが変化する。 ギャルゲーの中でもときめきメモリアルは特異な存在と言えるかも知れない。 まあこのゲーム、恋愛ADVじゃなくて恋愛シミュレーションなんですけどね!

ときめきメモリアル?Forever with you?

ときめきメモリアル?Forever with you?

まとめ

やはり、ゲームというのは自分の思い通りに動かしてなんぼだと思う。 今回は話題にしなかったが、RPGだって自分の意思が反映されているし、スーパーマリオブラザーズのようなアクションゲームだって戦略がある。 対して、ADVは(ものすごく極端だけど)他のコンテンツでもできることが多いと思う。 ゲームなら、ゲームらしい表現をしてほしいところである。

拙い文章で本当に申し訳ないが、僕の言いたいことが伝わっていると嬉しい。